北京五輪で本格普及が始まる「デジタル⼈⺠元」について

中国の「デジタル⼈⺠元」は、今後普及が進むのか、その見通しを教えてください。

いよいよ来月から北京冬季五輪が始まりますが、そこで、中国政府は「デジタル⼈⺠元」の発⾏準備を進めています。「デジタル⼈⺠元」は主要国では初めての中央銀⾏デジタル通貨、つまりデジタル形式での法定通貨の発⾏です。すでに各地で実証実験が始まり、全国で数百万口座の個⼈・企業向け「デジタル⼈⺠元ウォレット」が開設され、累計の取引額は 1 兆円を超えたと伝えられています。2022 北京冬季五輪では、会場内の⽀払いがすべてデジタル⼈⺠元化される予定で、政府はデジタル⼈⺠元普及の起爆剤にしたい考えです。

 デジタル⼈⺠元発⾏の狙いは、第1に中央銀⾏や政府によるマクロ管理能力を強化し、通貨政策の精度を高める点にあります。デジタル⼈⺠元の発⾏によって、中央銀⾏の⾦利政策が自由度を増すといわれており、これまで紙幣や硬貨という「モノ」であった貨幣が、形のないデジタルになることで、中央銀⾏の取りうる手段が広くなるとされています。

 第2の狙いは、⼈⺠元の国際化という国家戦略です。デジタル⼈⺠元発⾏を背景にして⼈⺠元の国際化を進め、アメリカの通貨覇権、⾦融覇権に対抗する。中国⼈⺠銀⾏は、2014 年にデジタル⼈⺠元の研究を始め、2016年には、時期を特定せず、中期的にはそれを発⾏する考えを明らかにしていました。

フェイスブックの新型デジタル通貨リブラに対抗?
 2019 年 6 月、フェイスブックが新型デジタル通貨リブラ(現ディエム)計画を発表しました。リブラは、主要国の法定通貨にその価値を連動させることで価格が安定するように設計されており、世界の⼈口の 3 分の 1 程度に相当する利用者がいるフェイスブック関連アプリ上で利用できることから、国境を越えて世界で幅広く使われる可能性が出てきました。当初のリブラ計画では、リブラの価格のおよそ半分はドルで決まる設計となっており、中国政府からみれば、リブラはデジタル形式の法定通貨ドル、いわばデジタルドルに近い存在です。これでは国内でリブラを禁じても、周辺国では広く利用され、通貨面で囲い込まれる。そのめ、中国政府はリブラを念頭に国内での仮想通貨の利用を禁じました。リブラは、中国の中央銀⾏が発⾏するデジタル通貨(CBDC)計画の大きな障害になる可能性があったことから、デジタル⼈⺠元の発⾏計画を早めたといわれています。

 第3に⾦融プラットフォーマーへの牽制があります。中国では、アリペイ(Alipay)とウィーチャットペイ(WeChat Pay)という 2 つのスマートフォンの QR コード決済が、すでに国⺠の間に広く浸透しています。その影響力を徐々に低下させていく必要がありました。とくに決済アプリのアリペイを提供する電子商取引最大手のアリババグループ傘下の「アント・グループ(螞蟻集団)」は伝統的な⾦融機関のビジネスを圧迫しながら巨額の利益を挙げ、独占状態を築き上げてきたことを強く牽制する狙いがあ
りました。
 「アント・グループ」は、2020 年 8 月 25 日に中国版ナスダックと呼ばれる上海「科創板(スター・マーケット)」と香港証券取引所に新規株式公開(IPO)を申請していました。IPO 規模は世界最大級で、評価額は 1500 億ドル(約 16 兆円)に達すると報道されていました。しかし、2020 年 11 月 3 日、中国当局が同社の共同創設者で億万⻑者のジャック・マー(Jack Ma)と 2 ⼈の経営幹部を呼び出して面談した翌日の、上海、香港の両証券取引所ともに停止されたのは記憶に新しいところです。
 また、2021 年 4 月 10 日には、中国国家市場監督管理総局はアリババグループに対し、独占禁止法違反で 182 億 2800 万元(約 3050 億円)の罰⾦を科しました。取引先にオンラインの出店先を同社の通販サイトに絞るよう圧力をかける「二者択一」の独占的⾏為を⾏っていたと認定した、というのが理由です。米紙によると、中国では過去最高の罰⾦額で、同総局は 2020 年末にアリババの調査に着手。同社が2015 年以降、市場の⽀配的地位を乱用して取引業者に二者択一を要求し、「不正に競争上の優位を得ていた」と認め、2019 年の国内売上高(4557 億元)の4%相当を罰⾦として科すことを決めたのでした。

デジタル⼈⺠元の匿名性
 デジタル⼈⺠元は、お⾦の流れを追跡できます。そのため、中国政府は個⼈のプライバシーに配慮して少額の場合は匿名性を確保するとしています。つまり、通貨としての匿名性を確保するかどうかは、状況に応じて当局の判断に任されているわけです。
 ネット上のプライバシーについて中国には「表は匿名、後ろは実名(「前台自願,后台実名」)という大原則があり、もし何か不正⾏為があれば、管理者が調べれば実名にたどり着ける。デジタル⼈⺠元は、その取引が匿名でよいか、実名が必要かの判断基準は、基本的に⾦額の大きさによるとされています。しかし、「匿名か、実名か」が、中央銀⾏の判断によって事実上、コントロールされている。これは国家統治の強力な手段となり、当局は必要とあれば事実上、国内のお⾦の流れをすべて個別に把握することが可能となります。
 ただ、マネーロンダリングや麻薬など違法な疑いのある取引資⾦のあぶり出しや脱税の摘発といった犯罪⾏為の発見や予防に役立つことは間違いありません。また、特定の業界や地域などの資⾦の動きを把握し、その⽀援を⾏うといった施策も可能になるとされており、中国の治安の安定という側面が強調されています。そのため、国⺠の反発はいまのところ少ないようです。

≪参考サイト≫
〇アリババに罰⾦3050億円 独禁法違反で過去最高額
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021041000353&g=int
〇アント・グループ、株式上場を延期…中国当局が創業者らを聴取した後
https://www.businessinsider.jp/post-223482
〇「統治のツール」としての中国デジタル⼈⺠元「操作可能な匿名性」が目指すもの
https://wisdom.nec.com/ja/series/tanaka/2021122101/index.html
〇日本⼈が知らないデジタル⼈⺠元発⾏の狙い
https://toyokeizai.net/articles/-/453934
〇「デジタル⼈⺠元」実現へ法改正 中国、⺠間の発⾏禁止
https://www.sankei.com/article/20201102-PWNEWX5FDVKFRIWUQRUMH3DKV4/

以上