BYD「天神之眼」と自動運転をめぐる米中の戦略⽐較
- テスラのイーロン・マスクCEOは6月中に⾃動運転タクシー「ロボタクシー」の⾛⾏を開始する方針を明らかにしました。アメリカ政府は、ハンドルやペダルなど運転操作装置を持たない⾃動運転⾞の導⼊を後押しする規制緩和を進める方針を出したので、その方針を受けた⾏動だと思います。一方、中国でも⾃動運転は進んでいると思いますが、米中を比較するとどんな状況でしょうか。
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中国のEV大手であるBYD(比亜迪)が開発した⾼度運転⽀援システム「天神之眼(God’s Eye)」は、⾃動運転分野で大きな注目を集めています。本レポートでは、その技術的な特徴や導⼊戦略をわかりやすく整理し、中国国内の他メーカー(Huawei・Xpeng)との違い、そしてアメリカの代表的企業との思想や制度の違いを含め、⾃動運転技術の最新動向を解説します。
1. 天神之眼とは何か
天神之眼は、BYDが独自に開発したADAS(先進運転支援システム)です。完全な⾃動運転(レベル4以上)ではありませんが、現時点ではレベル2から2+の⽀援機能を備えています。⾞両の価格帯に応じて、次の3種類が用意されています。A/Bタイプ︓LiDAR(レーザーによる距離測定センサー)と複数のカメラ・レーダーを組み合わせ、360度の⾼精度な検知を実現しています。主に中・⾼級モデルに搭載されています。
Cタイプ︓LiDARは搭載せず、広角カメラ2台と望遠カメラ1台に加え、ミリ波レーダーを使用することで、LiDARに近いレベルの認識性能を実現しています。価格帯が7万〜20万元(約146万〜418万円)の普及モデルに標準装備されています。
特にCタイプは、LiDARを使わずに⾼精度な検知を⾏う設計で、アメリカのTeslaが採用しているカメラ主導型の手法に近い思想です。一方でBYDは、LiDAR搭載モデルも併用することで、安全性と普及性のバランスをうまく取っています。BYD Han L EV(比亚迪 汉L) 2.カメラ型とLiDAR型ADASの違い
ADASには「カメラ主体型」と「LiDAR主体型」の2つの方式があり、それぞれにメリットとデメリットがあります。
カメラ型はコストが低く、⾞両への搭載がしやすいという利点がありますが、夜間や悪天候では性能が落ちる傾向があります。対してLiDAR型は、⽴体的な認識精度が⾼く、信頼性も優れていますが、コストが⾼く、⾞両設計に制約が出る場合があります。
BYDは、普及⾞にはカメラ型(Cタイプ)を、⾼価格帯の⾞両にはLiDAR型(A/Bタイプ)を導⼊することで、それぞれの特性を活かした実用的なシステムを構築しています。3.中国メーカーとの⽐較︓Huawei・XpengとBYD
中国の他の主要メーカーと比較することで、BYDのポジションがより明確になります。- Huawei(ADS 2.0)︓⾃動⾞そのものは製造せず、AVATRなどの提携メーカーに⾃社開発の運転⽀援技術を提供しています。LiDARを重視し、都市部での⾼精度な運転⽀援に⼒を⼊れています。
- Xpeng(⼩鵬)︓City NGPという都市別の学習型システムを導⼊し、Teslaのエンドツーエンド学習モデルをベースに、カメラとLiDARを組み合わせた独⾃技術を進化させています。
- BYD︓販売台数の多さと、⾃社プラットフォーム(XuanJi OSとDeepSeek AI)によって、幅広い価格帯で柔軟なセンサー構成を実現。⾃社製EVすべてに対応した運転⽀援の標準化を目指しています。
Huawei が「技術提供型」、Xpengが「先端都市型」であるのに対し、BYDは「量産・普及型」のポジションを確⽴しています。
4.アメリカとの⽐較︓思想と制度の違い
アメリカの代表的な⾃動運転企業(Tesla、Waymo、Cruise)と中国勢の違いは、技術思想と制度の両⾯において明確です。
Tesla は LiDAR を完全に否定し、AIによるカメラ映像の解析だけで運転を⾏う「Vision Only」戦略を採っています。一方、WaymoやCruiseはLiDARや⾼精度マップを活用して、より安全重視の運転制御を目指しています。
中国ではBYDやXpengがカメラ型にシフトしつつも、LiDAR搭載⾞を併存させる柔軟な構成を取っています。また、百度やWeRideなどは、複数都市ですでにロボタクシーの商用運⾏を開始しており、海外展開も始まっています。
制度⾯では、中国が中央政府主導でレベル3や4の運用基準、安全規制、広告表現のルールを整備しているのに対し、アメリカは州ごとにルールが異なり、制度が統一されていません。ただし、AI研究やソフトウェア開発における⾃由度は、アメリカのほうが⾼い傾向があります。BYDの「天神之眼」は、普及型ADASの標準モデルとして中国市場で急速に存在感を⾼めています。カメラ型システムの大量導⼊という点ではTeslaに近いですが、LiDAR搭載モデルも併用することで、安全性とのバランスを重視した現実的なアプローチを取っています。中国は「政府主導・全国普及・段階的進化」という戦略を取り、アメリカは「AI主導・技術革新・⾃由市場」というスタンスです。BYDは、その中でセンサー技術、AI、製造、データ収集を統合した“国⺠的ADAS”を実現しようとしています。
以上