台湾・⽶国・中国の半導体業界と「台湾⼈脈」︓その隠れた連結性の解明(その1)
- 台湾の半導体企業、米国テック業界、そして中国の半導体業界は、「台湾人脈」を通じて繋がっているとききました。米中対⽴、台中対⽴の中、どのような相関関係があるのでしょうか。
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台湾、米国、そして中国の半導体産業は、⼀⾒すると地政学的な対⽴や技術覇権をめぐる競争関係にあるように⾒えます。しかし、その⽔⾯下では「台湾人脈」とも呼ばれる強⼒なネットワークが結節点となり、これら3つの地域を複雑に結びつけています。この繋がりは、単なる⺠族的な連帯感から⽣まれるものではありません。本稿では、この隠れた連結性を以下の3つの主要な要素から解き明かしていきます。
1)歴史的経済分業︓中台間に築かれた、PC産業を起源とする「台湾の頭脳・中国の工場」という分業体制。
2)戦略的⼈的ネットワーク︓TSMCの系譜と台湾出⾝のリーダーが米・中枢に張り巡らせた「⾒えざる絆」。
3)革新的ビジネスモデル︓TSMCが確⽴し、米国の設計能⼒を解放した「ファブレス・ファウンドリ分業体制」。
これらの要素が織りなす複雑なトライアングルは、現代の地政学的な緊張の中でさらにその重要性を増しており、世界のテクノロジーサプライチェーンの未来を理解する上で不可⽋な視点を提供します。1.政治的対⽴と経済的相互依存︓中台IT産業の分業関係の成り⽴ち
政治的には対⽴関係にある中国と台湾ですが、経済、特にIT産業の分野においては、分業と相互依存を基盤とした極めて深い関係を築いてきました。この経済的な結びつきは、今⽇の半導体産業における複雑な関係性を理解するための土台となります。
その原点は、1990年代に台湾のPC関連産業が世界的な競争⼒を獲得する過程にあります。台湾企業は、⽣産規模の拡⼤とコスト削減を実現するため、中国の豊富で安価な労働⼒を活⽤すべく、積極的に⽣産拠点を中国本土へ移転させました。この動きは単なる工場移転にとどまらず、台湾の部品メーカーや下請け企業群が⼀体となって中国に進出し、華南地域の東莞市や華東地域の蘇州市周辺に巨⼤なIT産業の集積地を形成するに至りました。
この産業移転の結果、両岸には明確な分業体制が構築されました。- 台湾本社︓研究開発(R&D)、マーケティング、高付加価値製品の⽣産といった本社機能を担う。
- 中国生産拠点︓豊富な労働⼒を活⽤し、労働集約的な製品や部品の⼤量⽣産を担う。
当初、この分業関係はデスクトップPCやモニター、マザーボードといった製品が中⼼でしたが、時を経るにつれてより高度な製品へと拡⼤。近年ではノートPCや半導体分野への投資も急増しており、両岸の経済的な相互依存はさらに深化しています。政治的な緊張とは裏腹に、経済合理性に基づき構築されたこの強固な連携こそが、後に半導体産業における人材、資本、そして技術が複雑に交錯する「台湾人脈」の土壌となったのです。
2.世界を動かす「台湾⼈脈」︓3つの地域を結ぶ⼈的ネットワークの核心
半導体業界における「台湾人脈」とは、単なる出⾝地を同じくする人々の集まりではありません。それは、業界の構造そのものを形成し、技術⾰新の⽅向性を左右するほどの戦略的な影響⼒を持つ、グローバルな人的ネットワークです。このネットワークは、主に以下の3つの関係性によって特徴づけられます。- 台湾から⽶国へ︓ファブレス経営を牽引する台湾出⾝のCEOたち
世界の半導体設計(ファブレス)業界をリードする2人のCEO、NVIDIAのジェンスン・フアン氏とAMDのリサ・スー氏は、共に台湾の台南市出⾝であるだけでなく、遠縁の親族関係にもあります。彼らが率いる企業は、半導体の設計に特化し、自社で製造工場を持たない「ファブレス」というビジネスモデルで⼤成功を収めています。
そして、そのビジネスの根幹を支えているのが、彼らが設計した最先端半導体の製造を独占的に引き受ける台湾のTSMC(台湾積体電路製造)です。この設計(米国)と製造(台湾)の強固な連携が、AI⾰命をはじめとする現代の技術⾰新を駆動しています。 - 台湾から中国へ︓中国ファウンドリの⽗とTSMCの系譜
中国本土最⼤の半導体ファウンドリであるSMIC(中芯国際集成電路製造)の創業者・張汝京は、若い頃に米テキサス・インスツルメンツ(TI)に勤務し、同社でキャリアを積んだ点で、TSMC(台湾積体電路製造)の創業者・張忠謀(モリス・チャン、中国・寧波⽣まれ)と共通するバックグラウンドを持つ。両者はTI時代に上司・部下の関係にあり、この人的な連続性は、台湾と中国のファウンドリ産業の系譜を理解する上で重要である。 - 張汝京は1997年、台湾でファウンドリ企業「世⼤積体電路」を設⽴したが、同社は2000年にTSMCに買収される。その後、彼は中国・上海に渡り、同年にSMICを創業した。これにより、TIやTSMCで培われたファウンドリ運営の経験を持つ台湾人材が中国に流⼊し、中国のファウンドリ産業⽴ち上げに⼤きな役割を果たした。ただし、TSMCとSMICの間では技術流⽤をめぐる訴訟も発⽣しており、そのノウハウ移転は必ずしも摩擦のないプロセスではなかった。
- こうした人材ネットワークは、「台湾発」という枠を超え、米国半導体企業文化と華人ディアスポラの広いネットワークを土台として形成されている
この師弟関係にも似た繋がりは、台湾と中国のファウンドリ産業の起源を理解する上で重要です。張汝京⽒は台湾でファウンドリ「世⼤積体電路」を設⽴しましたが、2000年にTSMCに買収されます。
その後、彼は中国に渡りSMICを設⽴。これにより、TI社を源流とし、TSMCが確⽴したファウンドリモデルと台湾の技術・経営ノウハウが中国に移植され、中国半導体産業の礎が築かれました。このネットワークは単なる台湾発ではなく、より広い華人ディアスポラと米国企業文化を土台としているのです。
他にも、かつてインテルの研究開発部門のトップ(コーポレート・バイスプレジデント)を務めた王文漢(ウェンハン・ワン)氏や、半導体設計に不可⽋なEDA(電子設計自動化)ツールで世界的なシェアを誇るケーデンス社のCEOを務めた陳⽴武(リップブー・タン)などがその代表例です。彼らの存在は、台湾系人材が経営トップから研究開発、そして産業の基盤となるツール開発に至るまで、サプライチェーンのあらゆる階層で重要な役割を果たしていることを示しています。
このように、台湾が⻑年かけて築き上げてきた半導体エコシステムは、世界中に優秀な人材を輩出しました。彼らが国境を越えて形成するこの人的ネットワークこそが、米・中・台の半導体産業を結びつける⾒えざる絆であり、⾰新的なビジネスモデルをグローバルに展開するための土台となったのです。※次週に続く


