日中関係緊張下における現地法人「放置」のリスク派遣役員(法定代表者・董事)個人への制裁日中関係緊張下における現地法人「放置」のリスク

日中関係の緊張や中国経済の減速を受け、中国事業の⾒直しを迫られています。現地子会社の業績が悪化しており、撤退を検討していますが、正規の清算手続きには時間もコストもかかると聞きました。そこで、そのまま駐在員を引き上げさせ、現地法人をそのまま「放置」した場合、日本の親会社や駐在員にはどのようなリスクがあるのでしょうか︖

 中国現地法人の「放置」は、日本の親会社にとって、現在の中国の法執⾏環境においては、かつてないほど危険な選択肢と言えます。
 かつては「夜逃げ」同然で撤退するケースも散⾒されましたが、現在は社会信用システム(ソーシャル・クレジット)のデジタル化と法改正により、その代償は企業グループ全体、そして派遣された個人の人生にまで及ぶ深刻なものとなっています。
 放置した場合に発生する具体的なリスクを、以下の4つの視点から解説します。

1.派遣役員(法定代表者・董事)個人への制裁
 リスクが高いのは、親会社から派遣されている法定代表者や董事(取締役)個人に対する制裁です。
 会社を放置して債務不履⾏(家賃未払いや取引先への未払い、税⾦未納など)が発生し、裁判所の判決を履⾏しない状態となると、その企業の法定代表者は「失信被執⾏人(いわゆるブラックリスト)」に登録されます。
 ⼀度リスト入りすると、中国国内では「高消費制限」が課されます。
移動の制限︓ ⾶⾏機の利用禁⽌、高速鉄道(高鉄)の⼀等席以上の利用禁⽌。事実上、中国国内での移動や日本への帰国が困難になります。
生活の制限︓ 星付きホテルへの宿泊、ゴルフ場の利用、不動産の購入などが禁⽌されます。
 さらに、放置によって会社が⾏政から「吊销(営業許可証の取り消し)」処分を受けると、その法定代表者は向こう 3年間、いかなる中国企業の董事、監事、高級管理職にも就任できなくなります。これは、その人材の中国ビジネスにおけるキャリアが使えなくなることを意味します。

2.「吊销」で膨らみ続ける負債
 「放置していれば勝手に会社がつぶれて終わりではないか」という誤解が多くありますが、これは大きな間違いです。登記抹消(注销)手続きを⾏わずに放置すると、当局からペナルティとして営業許可証の「吊销(取り消し)」処分を受けます。しかし、これは法的な法人格の消滅ではなく、「⾏政処罰を受けた状態でゾンビのように登記簿に残る」ことを意味します。
 この状態では以下の問題が継続します。
税務上のペナルティ︓税務申告を⾏わないため「非正常⼾」に分類されます。将来、何らかの理由でこの会社を処理、あるいは再開しようとした場合、放置期間中の罰⾦と延滞税をすべて過去に遡って納付しなければなりません。
強制清算のリスク︓ 2024年施⾏の新会社法では、吊销から3年以内に清算が完了しない場合、登記機関が強制的に抹消できる規定ができましたが、これによって役員の責任が免除されるわけではありません。

3.2024年新会社法による「董事(取締役)」の責任厳格化
 2024年7月1日から施⾏される改正会社法において、最も警戒すべき点が「董事(取締役)の清算義務」の明文化です。
 新法では、董事会(取締役会)のメンバーが清算義務者として明確に規定されました。改正会社法(新会社法︓2024 年施⾏)のもし、会社を放置して清算手続きを怠り、その結果として会社や債権者に損害を与えた場合、董事個人が賠償責任を負うことが定められています。
 これまでは「親会社の責任」として曖昧にされていた部分が、現地法人の取締役個人の法的責任として追及されるリスクが高まりました。もし貴社が日本人駐在員を董事として登記したまま放置すれば、彼らが個人的に訴訟を起こされ、私財をもって賠償しなければならない事態も想定されます。

4.親会社への経済的・税務的ダメージ
 「現地法人の責任は有限責任だから親会社には及ばない」という考えも危険です。
日本での損⾦処理不可︓ 日本の親会社が子会社への投資損失や債権放棄損を税務上で「損⾦」として計上するためには、現地法人の「清算結了」という法的な事実が必要です。放置状態(吊销)では法人が消滅していないため、日本の国税庁は損⾦算入を認めない可能性が高く、税務上のメリットを享受できません。

再投資・グループ会社への影響︓ 放置の事実は信用情報システムに残ります。将来、親会社が再び中国に進出したい場合や、中国国内にある別のグループ会社が許認可を申請する際に、審査が通らないなどの悪影響が出る可能性があります。

【対策】放置ではなく「休眠」か「正規撤退」を
 現在、中国からの撤退は複雑なことで知られていますが、放置するリスクに比べれば、正規の手続きを踏むメリットは大きい。もし、「今は業績が悪いが、完全に撤退するのは惜しい」「コストをかけずに様子を⾒たい」という場合は、2022年3月から導入された「歇業(休眠)制度」の利用を検討してください。
 天災や経営難などの理由があれば、最⻑3年間、会社を存続させたまま事業活動を休⽌し、コストを最小限に抑えることが法的に認められています。
 日中関係が不安定な今だからこそ、中国当局は外資企業のコンプライアンス順守を厳しく⾒ています。「逃げる」という選択肢は、将来にわたって貴社の中国ビジネスの道を閉ざすだけでなく、董事となったご自身または他のスタッフをリスクに晒す⾏為であることを考える必要があります。

※次号は、<「日中関係緊張下における「休眠」から「正規清算」へのロードマップ>をお届けします。

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