その158.「話す」「聞く」「読む」「書く」(4)
3.太宰春台、坂本天山、伊沢修二の「華音研究」
もちろん、近現代においては、中国語の音をどうやったら効率的に学び取れるか、或いは、効率的に教え込めるかという問題に立ち向かった先人は、大勢います。そして、今も、この問題に真正面から、真摯に取り組んでおられる日本人は少なくありません。そして、今後、この問題に対する日本人全体の問題意識は、中国語の存在感の高まりと共に、否応なく高まって行くと予想されます。
ところが、「中国語の生の音」から隔絶されていた時代にあっても、この問題、即ち、中国人にも通じる中国語の音をどうやったら身に付けられるかという問題に取り組んだ先人がいたことを、最近知りました。
以下、知られざる歴史の一頁だと思って読んでいただければと思います。
ここに、
『日中言語文化交流の先駆者
太宰春台、坂本天山、伊沢修二の華音研究』(白帝社、埋橋徳良著)
という一冊の本があります。
これによれば、
太宰春台(1680〜1747) 長野県飯田生まれ
坂本天山(1745〜1803) 長野県伊那生まれ
伊沢修二(1851〜1917) 長野県伊那生まれ
が、それぞれ、独自に、この問題に取り組んでいたというのです。
なんと、全員が最近、分杭峠で有名になりつつある信州伊那谷の生まれです。なぜ、中国からかけ離れた、長野県の山奥に生まれ育った人々が、かくも真剣に、「中国語の音」の研究に熱中したのでしょうか?全くの偶然でしょうか?
この三人の関係について、著者、埋橋徳良は、こう述べています。
「このように、徂徠、春台の華音直読論は、坂本天山、中村元恒の『九経全文音釈』において結実し、その種子は中村元恒を経て伊沢修二に伝わり、修二において現代中国語音研究の花を開かせたと言うことができると思う。」(同書、p.44)
(続く)
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