その116.日本人だからこそなれる、日・英・中の使い手(41)
文語文の影響と言えば、日本語にも、それなりに残っており、日本語を学ぶ外国人を悩ませているはずです。例えば、
「言うは易く行うは難し。」
これを、「むずかし」と読まず、「かたし」と読めと言われて、戸惑う外国人は多いはずです。
でも、その外国人が、明治時代に日本に留学していたら、こんな程度では済まなかったはずです。明治四十年に発表された田山花袋の『蒲団』に登場する芳子は、つぎのような二種類の文体で手紙を同一人物である先生に、したためています。
「先生―
実は御相談に上がりたいと存じましたが、余り急でしたものでしたから、独断で実行致しました。
昨日四時に田中から電報が参りまして、六時に新橋の停車場に着くとのことですもの、私はどんなに驚きましたか知れません。・・・」
「昨夜恙なく帰宅致し候儘ご安心被下度、此の度はまことに御忙しき折柄種々御心配ばかり相懸け候うて申訳も無之、幾重にも御詫申上候、御前に御高恩をも謝し奉り、御詫も致し度・・・」
1970年代に、台湾で中国語の先生から勧められた中国語の手紙の書き方の教科書『実用書信大全』の一節にも、すさまじいものがあります。上段が文語調の原文、下段がその口語訳です。
「日昨趨謁 崇階,適値 車駕外出,未親 ・・・」
「前両天我到府上去拝訪,剛好到nin2有事外出,所以没有・・・」
(続く)
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