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  ■中国市場への視点 (株)チャイナワーク


元CCTVキャスター・柴静氏の大気汚染調査報告動画と
これからの中国


 2015年3月5日から15日までの期間、中国では全国人民代表大会および全国政治協商会議(両会)が開催されていました。これに先立つ2015年2月28日、元CCTV女性キャスターの柴静氏が中国の大気汚染に関する独自の調査報告として、動画「穹頂之下(Under The Dome)」をネットで公開し、大きな反響を巻き起こしています。反響のほどは、動画再生回数が1日後には1億回、2日後には2億回を超えたことからも明らかです。
 動画は柴静氏が自費100万元を投じ、約1年をかけて取材・製作したもので、「大気汚染のスモッグとは何か、どこからくるのか、我々はどうするべきなのか」と問いかけます。柴静氏はPM2.5問題が表面化した2013年頃から関連の現場取材を行っていたそうですが、この時期に妊娠が分かり、お腹の子が腫瘍を患っていたことから、子供の病と大気汚染の関連を疑う気持ちを消すことができず、今回の調査を開始したとのことです。
 この動画では、大気汚染の主要原因として、(ニセ車を含む)自動車、発電所・石油業界等のエネルギー分野、製鉄業等の工業分野、建築による粉塵を挙げています。また、企業が環境基準を守っていない現状や、監督局の取締りが形骸化している現状等も伝えています。
動画に対しては最初、熱烈な感動や賛同の声が溢れましたが、日が経つに連れ、「両会」の開催間近というタイミングでの発表に政治的背景を推測する声等、様々な種類の批評が出てきています

【「穹頂之下」に対する主な反応】
・大気汚染問題、環境問題に対する人々の関心を高めた点を評価。
・動画内で使われたデータや概念について、疑念を提出。
・動画の手法がセンセーショナルに過ぎる、客観的でないという批判。
・政治的背景を推測する声:
 (1)中央政府の国有企業改革の動きと合致。大気汚染の原因として紹介された石油業界等、
国有企業のイメージダウンが狙いでは。
 (2)中央政府、環境保護当局の動きと合致。両会では環境問題が一大トピックになった。国民
の関心を高め、環境関連政策に対する理解を求める布石なのでは。
 (3)アメリカの手先。フォード財団が資金提供に関わっている?環境問題対策を理由 
に、中国の製造業の発展を鈍化させる目的なのでは。
・動画サイトやミニブログといった新メディアの力を示した事例として分析。

 筆者は、この動画によって、大気汚染の問題の重大さをあらためて突き付けられた思いです。動画の中では、今後一体どうやって大気汚染を解決していくべきなのかについては、さほど掘り下げられていません。「一人ひとりが意識を高く持ち、監視の目を向けよう」というメッセージはあるものの、自分達は被害者、という意識に留まってしまっているように感じます。
 まずは、自分達も、こうした事態を招いた「発展」の恩恵を受けてきた側に属しているのだということを認める必要があると思います。この動画を見て感動した人の中にも、「発展」による既得の恩恵を手放す覚悟が無い人はたくさんいるのかもしれません。
 例えば上海でも、大気汚染に敏感な人はたくさんいます。日本は空気がキレイで羨ましいと言い、日本メーカーの空気清浄機やマスクを購入します。上海市の政策では、化学工場等には市外への立退きを求めています。でもこれでは、もうお腹はいっぱいになったから、これからは美味しいものだけを食べたい、というのと大差無いのではないでしょうか。
 動画の中で、北京で生活する柴静氏は、自家用車は必要な時にしか使わない、と胸を張ります。しかし北京には、ナンバープレートの発行数を制限する施策の影響で、車を保有することを何年も我慢している人もいます。車を持つことなど考えることもできない人は、もっといます。
 中国全体で見ても、将来のキレイな空気より、目の前の生活に必死な人がどれだけいるか分かりません。そうした人々に、環境問題を第一義に考えろといっても難しいのが現状でしょう。
一方には環境問題の改善を望みながらも自分が犠牲を払うことは望まない人々がおり、一方には環境問題の改善より、いわゆる生活水準の改善を強く願う人々がいるわけです。
 筆者は、中国当局と交流のある日本の環境分野の専門家や企業の方のお話をうかがったことがあります。お話によると、中国の専門家や高官の人達は、環境問題解決のための技術的研究に真剣に取組んでいるとのことです。中央政府が進める「持続可能な発展を目指す産業構造転換」というものも、切実な取組みであるのだと思います。ただ、環境問題が難しいのは、技術的進歩が全てを解決してくれるわけではないという点です。淘汰される技術や企業、産業分野があるということは、それだけでも就職等の社会問題に結びつきます。つまるところは、社会全体に関わる問題だということです。また、国全体で考える場合にも、環境と経済、どちらをどれだけ優先するのか、というトレードオフがつきまといます。
 今回この動画を見て筆者が想起したのは、2012年リオ会議(国連持続可能な開発会議(リオ+20))における、ウルグアイのムヒカ大統領のスピーチです。「世界一貧乏な大統領の衝撃的なスピーチ」として日本でも先頃話題になりました。少し乱雑ですが、以下に一部抜粋します。
「持続可能な発展と世界の貧困をなくすこととは、現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することなのでしょうか?西洋の富裕社会と同様の傲慢な消費を世界70〜80億人の人々ができるほどの原料が、この地球にあるのでしょうか?
 我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考えでは、これは政治問題です。
根本的な問題は私達が実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは、私達の生活スタイルなのです。」
 環境問題は、一朝一夕に解決するものではありません。人々の意識改革と、地道で合理的な方策の積み重ねが必要でしょう。もちろん、その過程で、日本企業が役割を発揮する場面がさらに増えることを期待します。しかし、ビジネスを抜きにしても、隣国であり、世界の5分の1の人口を持つ大国がどのような社会を作っていくのか。他人事では済まない重大事です。




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